(AJFメーリングリストに報告された議事録の転載です)
Africa Japan Forum(AJF)交流イベント in
渋谷
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<2003年1月度:勉強会>
テーマ
『タンザニア:地域貢献するふたつの現地NGOの立ち上げ』
発表者:白鳥 くるみ
さん(AJF会員)
日時:1月25日(土)15:00〜17:00
終了後は交流会
議事録:高田友美/文責:白鳥くるみ
1.話の内容
・はじめに:勉強会に期待すること
・自己紹介:私と国際協力
・タンザニアという国
(レジュメのファクトシート)
・[村に橋を架ける]プロジェクト
・[インターナショナル・ウィメンズ・グループ・モシ(IWG)]プロジェクト
・結びにかえて:まとめ・質問
2.始めに:勉強会に期待すること
参加者の皆さんに事前にアンケートで聞いた、今日の話で聞きたいこと
・現地NGOの立ち上げ経験
・NGO立ち上げの際の困難(他のNGOとの連携や資金集めなど)
・バイタリティやスキルは必要か
・パワーはどこから湧いてくるか
・持続していくことができた秘訣
・日本人だからできることに関心
・日本人の現地NGOにおける役割
さらに会場で聞きたいことを聞いたところ.
・コミュニケーション、情報の流れのマネージメントの方法
・現地ニーズの把握
・日本にいて資金提供以外にできること
との声がありました。
以上を踏まえて、白鳥さんが一緒に考えたいこととして、[現地NGOと日本のNGOを結び付けるには、どのような方法が考えられるか?]を挙げました。
3.自己紹介:私と国際協力
<青少年活動から総理府青年の船へ
(10〜20代)>
青少年活動ガールスカウトで身についたこと:日本での活動の経験が、国際協力の現場で役に立った。
・ボランティア・スピリット:自発的に何でもやること、必要だと思ったらさっと行動
・実践的なプログラム:野外活動、環境問題、国際理解など・組織作り:研修や養成システム
・女子教育
<協力隊
(20代半ば)>
協力隊の3週間の現地訓練は今の活動のベースになっているといえる。キクユ族の村に1人放り込まれて村人と生活をした体験。現地の人と一緒に水汲みや農作業など寝食をともにする生活で、理屈抜きの体験として、現地の人の抱える問題を自分だったらどうするだろうと考えさせられた。
<帰国後の活動>
日本では途上国の情報がほとんどない、もしくは偏っていることに気付き伝えたいと思った
・「途上国を語る会」
協力隊のOB・OG中心に一般の人たちに途上国を「衣食住」などの分かりやすい題材で伝える試み。
当時はまったく新しい試みで、ニーズがあったのに場がなかった。
カルチャーセンターを無料で貸してもらい募集したところ、定員50名に、毎回100名をこえる応募があり、大盛況!
活動は1年ほど続いた。
・「学校、青少年活動団体、農村地域などでの開発教育」様々なところで、途上国を知ってもらう機会をつくった。
<スリランカ「一日だけのシュラマダーナ」「協力隊の活動支援」「スリランカ民話を日本語翻訳」>
・シュラマダーナはスリランカ語でボランティア活動の意味
・都市型の隊員向けに、農村部との交流を促進する
・「一日体験教室」という自由な発想で、隊員だけではなくスリランカ人、日本人など多くの人を巻き込む。活動は現在も続いている。
<英国:英国の地方都市における国際協力に関わるNGOの実態調査>
ご主人の留学に伴い4年間英国へ。くるみさんは大学で日本語を教えていた。
[英国の一地方都市でも開発協力に携わるNGOが盛んなのはなぜか?疑問を持って調査をすることに]
→考えられる理由:
・地方でも市民グループ、教会、地方支部などの基盤がある
・70〜80年代には、海外プロジェクトを行うよりも、国内での一般理解の向上のために開発教育や募金、キャンペーンを行うべきという認識があった
例:講演会を行い、集まった関心のある人を中心にグループを育成
・地方でもOxfam
ShopやいくつかのNGOが集まるセンターがある。そこに行けば情報がある。また束になった強さも発揮できる
・活動のバラエティ:一日体験や、クリスマス・シーズンのオークションなどアイディアが豊富。(物だけでなくマンパワーもオークションに!)
多くの人を活動に巻き込むよう工夫している
・団体の枠を越えて、ワークショップや討論会などで、1つの目的に向かって協力したり学んだりする関係がある
・単にオフィスにいるだけではなく、こまめにいろいろなグループのところに出 かけていくことで、相手のニーズを把握する。相手の話をきいて、開発につながる接点を見つける。直接関心をもっていなくても、働きかけによっては変えられる。
例えば、私が日本の地方やった試みでは:主婦たちが[英語を勉強する]というアプローチの中で、途上国の文化や食へと興味の幅を広げることにより途上国の人たちと交流を始めたというケースもある。
4.2つのプロジェクトの内容
(1)村に橋を架けるプロジェクト
正確には、もともとあったが停滞していたNGOの活動を活性化したまた、くるみさん1人でNGOを立ち上げたのではなく、ご主人や その他の多くの協力があった。
場所:キリマンジャロ山のふもとにあるモシの町(人口約20万人)から、西に車で
約30分の貧困村。
<村とそこに住む人々>
人口増加が進み相続できなかった人々がキリマンジャロ山からふもとに降りてできた村、現在人口約2000人で年々増加している。交通手段はマタツ(乗合バス)が村まで来ないので、幹線道路まで3時間歩くか、橋の架かっていない川の中を歩いて渡るほかない。毎年、水難事故や診察の遅れで死亡者がでていた。村には学校、商店、製粉所、診療所、井戸などの公共施設がなく、このため村人は、ほぼ毎日川を渡り、隣村に出かけている。また、極端に雨量が少ないこの村では、収入源となる資源に乏しく、極めて劣悪な条件下で人々が生活している。
<活動のきっかけ>
布教と農村活動を行う英国に本部を持ち、タンザニアで活動する教会系NGOが15年ほど前からあった。これまで、ドイツなど他国ドナーによる、井戸掘り、製粉所、灌漑などの小規模プロジェクトはあったものの、すべて失敗していた。
→ニーズ調査をしたところ、小規模プロジェクトではなく住民の生活に最も必要で、物流効果の高い「橋」がほしいということが分かった
<まず、最初に始めたこと(したこと)>
・情報収集←橋作りは初めてなので、皆、どこから手をつけてよいか分からなかった。ちょうどタンザニアでインターネットが使えるようになったのでフル活用
ネパールで、住民参加型の橋建設に実績のあるスイスのNGOをみつけ、問い合わせたら丁寧な対応がかえってきた。
ネパールは山がちで地理的な条件から山村に吊り橋はたくさんあるが、維持管理していくためには住民によるメンテナンスが必要。そのため住民参加型の橋建設のノウハウができたとのこと。
・コストを下げるために!
まず橋の予算を見積もることから始めた。予算見積もりのための費用がなかったので、橋設計の専門家をこの教会系NGOのネットワークから探しだし、英国から(2名)の英国人ボランティアに来てもらうことに成功した。また、橋の測量には日本人専門家のボランティア。橋の設計・施工は、やはり教会系NGOからスェーデン人技師がとても安い技術料で引き受けてくれた。
→インターネットで情報公開し、できるだけ多くのボランティアを活用することで、人件費のコストを抑え、通常の橋建設にかかる半分の建設費で完成させた。
・結局、スイスの吊り橋式は地形の違いから採用できなかったが、お互いに橋作りのノウハウを共有し合うというネットワークができた。
⇒教会系NGOの人材の蓄積の厚さと連携を実感した。様々なネットワークを活用し協力し合うことで、人材確保やコストの削減などをはかることが可能。
*草の根無償のプロポーザルの重要性
「日本人の顔がみえること」が求められるなか、英・日・タンザニアの共同で行った今回のようなプロジェクトは、これが初めてのケースということもあり、 承認されるまでに時間がかかった。
<村人の参加と困難>
・Food
For
Workで行った
1回につき100人以上の人が集まった。地域の住民だけではなく、近隣の村や町から大勢がつめかけ、その整理に追われることになった。
<工事上の問題>
スウェーデン人の工事監督はこれまでの経験から参加型の作業には慣れていたが、経験者ということで集まった村人たちの技術力のなさにてこずった。しかし時間はかかったが、一緒に作業をすすめることで今後の橋修繕の際のキャパシティビルディングになった。私たちができると思うことと、現地の人ができることの間にギャップ→現地の人ができることを見きわめながらタイムスケジュールを組んで行くことが大切。
<言葉の問題>
村人はスワヒリ語しか話さないので、意思疎通が簡単ではなかった。これもボランティアを募り、解決した。
<資材のセキュリティ>
近年モシ周辺は治安が悪いので、強盗団に資材を盗まれる危険があった。村内部では、自分たちで橋を作っているという意識があったので大丈夫。実際、盗難は1回もなかった。鉄砲水で架設橋が流されることはあった。→Watchmanにライフルを持たせて警備した
<橋の維持管理>
NGOの提案で村人が管理委員会を設立、橋の両側の村から委員を選出した。この橋委員会とNGOを中心に話し合いが行われたが、実際には、村長や様々な住民の思惑があって、式典や会合が遅延することが何度もあった。維持管理と資金プールについては、この管理委員会で話し合われている。
<一番難しかった問題>
教会系のNGOの人たちが始めに持っていた「施し」をするという根強い意識を「住民主体」にパラダイムシフトさせる難しさ
<プロジェクト効果>
・水汲みや市場へのアクセスが楽になり、村人(特に女性たち)のやる気と自信が育った。いくつかのマイクロプロジェクトが進行中
例:
診療所の建設(途中でほったらかしであったが、橋ができたことで自分たちで出来るところまでやってみよう!という気運が高まった。実際、私たちの帰国時点で診療所は完成し、ここに定期的に来てくれる医師と薬品の入手をNGOに依頼していた。
<課題>
・資金プールによる維持管理
・村長や村人に残る「援助依存」
<このプロジェクトでの白鳥さんたちの役割>
・あくまで黒子として、直接村人にはコンタクトしないで、情報収集・アドバイザー(NGOのキャパシティビルディング)・会計に徹したこと。主体はあくまでも住民と現地NGOであると考えたから。
・アプローチの仕方の違い、考え方の違いは、何度も話し合いを重ねた
・情報のフローは村のネットワークではなく、教会のネットワークを使った
(2)インターナショナル・ウィメンズ・グループ・モシ(IWG)プロジェクト
<経緯>
現地でニーズを聞いて以下のことが分かった
・モシ市の中心に住む人々は、国際色豊か(国籍は35カ国以上)
・しかし、お互いの交流はない。あってもキリスト教、イスラム教など宗教ごとのつながり
・このようなインターナショナルコミュニティで、地域に貢献したいけれど場 がないという声を多く聞いた
⇒IWGのアイディアをみんなに提案し、賛同者が集まって98年に結成、現在活動
6年目
<目的>
活動を通して、お互いを知り、技術や知識を分かち合うこと、地域への貢献
<活動内容>
・サークル形式で、楽しく活動に参加できるようにする料理グループ(食文化の違いが新たな発見につながる)、読書クラブ(アフリカ関連の本を読んで討論、時には白人vsアフリカ人でシビアな議論に。タブー視されていることも、読書を通じて議論できる)、ハンドクラフト・クラブ、園芸クラブ(ストリートチルドレンの施設で技術指導)コミュニティサポートなど
・月例の全体ミーティング+ゲストスピーカーによる講演会
・各国の開発プロジェクト現場の視察
・女性と子どもに関わるNGO支援
・異文化交流
<資金作り>
・会費はなしで、月例ミーティングを誰かの家で開き、お茶菓子代として100円程度を集める。(小額なら出しやすい)
・バザーやクラフトフェアなどを開催(定番だが工夫次第で高収益が得られる)
・料理の本を出版
マンパワー+広告を得て、年間30万くらいの収入に
★会員の能力を最大限に生かすこと
<課題と可能性>
メンバーの流動性が激しい→長く住むタンザニア人やインド人をメンバーの核に。参加目的の多様性(料理・交流・地域貢献など)の調整→地元のNGOの動向などに詳しいメンバーで構成されているIWGには、地元のNGO支援のほかに各国のNGOへの情報提供などの役割を果たせるよう期待している。
5.結びにかえて:まとめ
・ライフワークとしての国際協力
「いつでも、どこでも、誰とでも、1人でも」をモットーに。
自分のペースで無理をせずに。特に女性の場合ライフスタイルが変わる可能性がある。場所(国)や生活は変わっても「国際協力」というテーマでできることは探せば、あるいは自分で作り出せばいろいろある。生活をともにするパートナーと一緒に考えることも大切。
NGOとの関わり
・必要だけれどない場合は、新しいものを生み出す → IWGの活動
・すでにあるものを活性化する → 橋のプロジェクト
・必要なところを見つけサポートする →奨学金基金支援など:日本と現地のNGOをつなぐ
・継続は力。でも継続させていくためには知恵が必要。
→始めるときから、自分が抜けるときを想定して、人材育成を進める
→理念や活動の評価、確認を度々行い、方向性がずれてしまうのを防ぐ
・行動しながら考える。まずは理論に振り回されずに、フレキシブルにやってみよう。
★たまたま8年という長い期間があったことと★
★たくさんの人の協力を得たことが成功の秘訣★