去年、街に新しくできたスーパーマーケットに、久ぶりに行って驚いた。村の雑貨屋から一気にコンビニとまでは行かないが、まあそれに近い品揃えになっている。これまで、私たちが使う日常品の9割は(トイレットペーパーから缶詰などの食料品まで)ヨーロッパかケニアからの輸入品で、それゆえとても高価で、まったく手に入らないことも度々あった。市場開放が進み、最近では中東、南ア、中国などから安い品物がどっと入るようになり、タンザニアの庶民にもわりに気軽に買えるようになった。この8年間(94年〜02年)の街の変化は目を見張るばかりだ。
例えば「電気・水道」だが、停電、断水の頻度が減った。水道の一番の変化は、コンピュターの導入と検針請求制度の徹底を計った、現地スタッフのマネージメント能力の向上だ。これで法外な料金で腰を抜かすことも、料金の支払いに一時間以上待たされることも、少なくなった。電気は、キリマンジャロ山麓からみると光の帯がどんどん広がっているのが分かる。
「交通」は観光地へ向かう道路が特によくなった。世界的に有名なクレーターサファリパーク「ンゴロンゴロ」への道は、難所と呼ばれるところが何ヶ所もあった。それも今は昔の話しになり、サファリの苦労話の数も減った。
「通信」モシからダルエスサラームまでは、約600キロの距離がある。つい数年前までは、大型無線機で通信していた。これでも繋がらない時は、日本に国際電話をかけ(国際電話の回線は別にあるらしく、こちらはまあまあ繋がった)ダルエスからモシに(こちらもなぜか繋がった)電話をしてもらうという非常手段をとっていた。携帯電話とインターネットが普及して、大型無線機の出番もぐっと少なくなった。
「医療・教育」私立病院、私立学校の数が急増している。公立の病院では、満足な治療を受けられずマラリアやエイズで亡くなる人たち、公立の学校では家庭が貧しく小学校を卒業まで通えずに止めていく子供たちがいる。その一方でお金のかかる私立が増えている。政府をあてにせず、無理をしてでも子供によい教育をと考える、経済的に余裕のある親たちが増えている。貧富の差も広がっているようだ。
モノだけではない。人の心の中もどんどん変わってきている。こうした変化で富を得た人たちが、タンザニアの社会や地域に還元してくれることを切に願う。今から8年後のモシの街は、どんなふうに変わっているだろうか…(く)