アフリカ一高い山キリマンジャロ(5896m)は、山頂をウフル(自由)ピークと名づけられ、アフリカの誇りと独立の自由を象徴している。南緯3度という熱帯に位置しながら、山頂には万年雪が残り、豊かな自然が広がる山の斜面では、熱帯には珍しい集約的な農業が営まれている。
「キハンバ」と呼ばれるこの農業システムは、バナナ、芋などの食用作物と、換金作物のコーヒー、そして乳牛とやぎの有畜複合農業を特徴とする。キハンバは、標高800mから2000mくらいの間で営まれている。コーヒーの間にバナナが植えられ、ほどよい日陰を作り、舎飼いの乳牛から出る有機物が畑の地力を維持している。この集約化された農業システムは、キリマンジャロ山の涼しい気温と雨、そして斜面に張り巡らされた灌漑水路網で支えられている。古い水路網は300年前からあるそうだ。
今はチャガ族と呼ばれる人々が、その昔キリマンジャロ山にたどり着いた時、氏族ごとに別々の谷に住みつき、それぞれが灌漑水路を発達させたのだという。氏族内の固い結束があって、高度な灌漑システムが長いあいだ維持されてきた。水の配分を管理する水番は無給だが、村の中でも信望の厚い者だけがなれる名誉職である。最近までは、女性は水源に近づくことはできなかったという。他の氏族から嫁いできた女性に水源を知られると、その氏族に水源を荒らされてしまうというのがその理由らしい。
一見豊かな山の暮らしにも近年大きな変化が訪れている。かつては外貨獲得の雄であったコーヒーは値段も振るわず、品質も収量も下降気味だ。また、若者たちには低地の町の暮らしが魅力のようである。市場経済や社会の価値観の変化が、キリマンジャロに住む人たちの暮らしにも少なからぬ影響をあたえている。だが老後は山に帰って暮らしたいと考える者が、今でも多いという。家族との暮らし、豊かな自然との暮らしが、人々をまた山へと呼び戻すのだろう。(き)